役員報酬虚偽記載による日産カルロス・ゴーン社長の逮捕を監査の視点から考えてみよう

日産有価証券報告書

【ゴーン社長の逮捕】

2018年11月19日、日産のカルロス・ゴーン社長が有価証券報告書の虚偽記載で逮捕されるという事件が起きました。

有価証券報告書の虚偽記載ということであれば公認会計士的には少し興味をそそられる事件です。

不正や虚偽記載での逮捕というのは意外と毎年のようにどこかしらで起きていたりするのですが、これほどのビックネームによる虚偽記載は久しぶりの大事件ではないでしょうか。

特に、従業員による不正は稀にありますが、経営層による不正行為は久しぶりです。

まだ正確な情報が入手出来てないので推測な面も多いですが、監査を行ってきたものとして、監査現場の実際なども踏まえつつ今回の事件についても少し触れてみたいと思います。

 

【有価証券報告書って何?】

有価証券報告書を見たことはあるでしょうか。

積極的に株の投資でもしていない限りなかなか見る機会もないかもしれません。

有価証券報告書とは投資家に企業の直近の業績や情報などをお知らせする書類です。この有価証券報告書を見て、投資家は企業が伸びていくか落ち込んでいくかを推測して株を購入するかどうか判断することになります。

上場企業は全てこの有価証券報告書を作成し公開する必要があります。

なお上場企業とは株を自由に売買出来る状態にある企業のことです。一般的に投資家が株を好きに売買できる状態ですね。

有価証券報告書という大変な書類を作成してでも上場するメリットは、広く大勢の人々から資金を調達するためです。大企業ほど大量の資金が必要であって、それを比較的ローリスクで大量に資金調達する手段が株式公開(株式上場)なのです。

 

そういったものなので、有価証券報告書は誰でも見ることが出来ます。

有名企業はだいたい上場しています。気になる企業のHPに行けば有価証券報告書も公開されています。

日産の直近の有価証券報告書はこちらですね。

リンクを開いてみると有価証券報告書と四半期報告書というものがあります。

四半期報告書は有価証券報告書の簡易版です。毎年有価証券報告書を一つ公開するのですが、年に一度では情報が遅すぎるため、四半期ごとに簡易版を公開しています。

 

さて日産の有価証券報告書を見てみると120ページほどありますね。

かなり分厚い書類だということがおわかりいただけたかと思います。

一般的に「第4提出会社の状況」までが前半部分、「第5経理の状況」以降を後半部分として意味合いが2分割されています。

この前半部分には企業の経営方針だとか企業のあらゆる情報が掲載されています。文章が非常に多い部分です。

そして後半部分には企業の業績が掲載されています。数字が非常に多い部分ですね。

 

これだけ大量の情報が載っている有価証券報告書ですが、「これって真実を書いてあるの?脚色されてるんじゃないの?」って思いませんか?

確かに今回のカルロス・ゴーン社長の事件でも虚偽記載が逮捕の原因でした。

そこで行われるのが公認会計士や監査法人による監査です。

 

 

【監査って?】

上場企業が公開している有価証券報告書は、それが誤ったものではないということを確かめるために公認会計士や監査法人による監査が行われます。

監査法人は公認会計士で構成された企業みたいなものです。こういった大企業の監査は個人の公認会計士では到底対処できないので監査法人所属の公認会計士たちが監査チームを結成して監査します。

上場企業の監査では、小さなところでも10名程度のチームを結成します。

日産クラスの大企業でしたら、グループ全体で100人は軽く超える大チームでしょうね。

そんな大チームで有価証券報告書を監査するのです。

監査といっても、有価証券報告書の全てが正しいかどうかまでは見ません。というより120ページもある書類をその全てが正しいかどうかなんて到底見きれません。

そのため細かい誤りというのは監査上無視してしまうこともあります。

投資家の投資意思決定に影響を与える大きな誤りがないかどうかを確かめるのが公認会計士による監査です。

そしてその影響の大きいところが有価証券報告書の後半部分である経理の状況なのです。公認会計士による監査ではこの経理の状況を重点的に監査します。

数字というのは正解か不正解かがはっきりと分かってしまう部分で、特に投資家にとっても売上や利益といった情報は重要視されているため、経理の状況が注目されるのです。

一方前半部分は文章が多く、文章は正解がいくつもあるため割とある程度企業が自由に記載出来ます。

このように公認会計士や監査法人による監査によって、有価証券報告書はある程度の正確性が担保されるのです。

有価証券報告書の正確性が担保されているからこそ投資家は記載内容を信頼して投資を行うことができ、その結果経済が回るということにつながります。

 

 

【カルロス・ゴーン社長の事件】

今回のカルロス・ゴーン社長の事件では役員報酬の虚偽記載が逮捕の原因でした。

5年間で約50億円の過少表示ということでしたので、ならすと毎年10億円の虚偽表示ということですね。

日産ほどの大企業ですと、グループ全体の当期純利益は7,000億円で日産単体で見ても1,300億円もあります。

実をいうとこの規模の企業であれば10億円の虚偽表示は金額的には影響が小さい部類です。

ですが今回これほどの大事件になったのはその質的重要性が高いことです。

日産を取り仕切ってるトップであるカルロス・ゴーン社長が不正を行っているということは、そもそも有価証券報告書が全体として他にも不正があるのではないか、企業活動上も何かしら不正が行われていたんじゃないか、といった不正体質を疑われてしまいます。

そうなるともはや日産という企業自体を信じることが出来なくなってしまい、投資家も投資に消極的になってしまいます。そういった金額には現れてこない影響が非常に大きいため、今回の大事件になったのでしょう。

 

さて今回の事件は役員報酬の虚偽記載でした。

役員報酬を記載する箇所は基本的には2か所あります。

一つは前半部分の「第4提出会社の状況」の中の「6コーポレートガバナンス」のところです。

もう一つは後半部分の「第5経理の状況」の「連結損益計算書」及び「損益計算書」のところです。

今回の事件ではどうやら前半部分は少なくとも虚偽表示をしており、おそらく後半部分も虚偽表示をしているのでしょう。

損益計算書部分の役員報酬は販売費及び一般管理費のその他に含められてしまっていると思われ、役員報酬がいくらとして表示されているのか外部からではよくわかりませんね。

後述しますが、公認会計士が監査上直接責任を負うのは後半部分の「第5経理の状況」となっています。

前半部分については後半部分と不整合がないことは確かめなければなりませんが、公認会計士は直接的な責任を負っていません。

 

役員報酬はおそらく監査上それほど重要視されていなかったのでしょう。先ほども少し触れましたが、役員報酬に多少の誤りがあっても日産の規模的に金額的にはあまり大きな影響はありません。

まさかカルロス・ゴーン社長が主導で不正をするとは監査法人も思いもよらなかったのでしょう。

とはいえ全く何も監査手続を行っていないということは考えにくいので、以下の手続程度は行っていると思います。

  • 株主総会の役員報酬決議議事録
  • 取締役会の役員報酬決議議事録

この両者を閲覧し、支給額と一致していれば問題なしと判断していたのではないでしょうか。

今回の不正がどのように行われていたのかはまだ分かりませんが、監査法人側が虚偽表示を見逃がしていたということは、恐らく日産側が偽の資料を作成し監査法人に提出していたのではないかと考えられます。

実際の報酬支払額まで銀行口座をチェックしていれば完璧だったのでしょうが、役員それぞれについてそこまでするのはちょっと考えにくいですね。

 

しかし偽の資料を渡したとして、実際にカルロス・ゴーン社長に報酬を支払う際には一般の経理部の従業員が本当の金額を振り込むのでしょうから、すぐにバレるような気がします。

まさか社長みずから振り込んでいたわけでもないでしょうし、一般の従業員もみんな知ってても言えないような状況だったのか、はたまた巧妙に隠されていたのか、どういった手口で虚偽記載を行ったのか不思議です。

そしてカルロス・ゴーン社長の不正の動機がよくわかりませんね。以前からカルロス・ゴーン社長の報酬が高すぎるというのは言われていましたので、その批判を避けるためなのでしょうか。

それにしてはずいぶんとリスクの高い方法を選んでしまったように思います。

 

こういった事件が起きると、企業の経理部と監査法人は大忙しです。

虚偽記載を正すための訂正報告書を過去から遡って作成したり、内部統制の不備といった話にも発展します。

もっといえば経営層の不正のため、監査法人側が企業を信用できないと判断すれば監査を行えないとして監査契約の解消もありえます。

逆に不正を発見できなかった監査法人側を追求して企業の側から監査契約の解消を言い出すこともあるでしょう。

どちらにせよこれほどの騒動になってしまったので監査法人は交代するのかなぁと思います。

 

 

【監査法人はどこまで責任を負うのか】

監査法人が監査上直接責任を負うのは後半部分の「第5経理の状況」となっています。極端な話、前半部分の虚偽表示は監査法人は責任を負いません。

そして原則として、監査法人が負う責任は誤謬だけです。つまり単純なミスです。

意図的な不正については原則的には監査法人は責任を負いません。

といいますのも、監査には捜査権がないのです。

企業が不正をした場合、通常は巧妙に隠し、偽の書類も完璧に仕上げてしまいます。

監査では、入手した資料は何か怪しい点がなければ信頼してよいのです。

偽の書類ほど完璧に仕上がっていますので、監査現場に持ち込まれると気づかないことも多いのです。

仮に何かおかしいと感じたとしても、企業側がうまい言い訳を考えていればそれ以上の追求をすることが出来ません。

捜査権があるわけではないので、企業側に拒否されたらそれ以上の監査は出来ないのです。監査の遂行を強制することが出来ないのです。

そのため企業が意図的な不正を行ったとしても、監査法人側では見抜くことが困難なため、通常は責任を負いません。

 

しかしそうはいっても全く責任がないかというとそうでもありません。

通常の監査手続で気づけるはずの不正であれば当然責任を負いますし、特に東芝の粉飾事件以降最近では不正を見抜くための手続も行うようになってきています。

 

今回の役員報酬のようなあまり金額的に重要ではないような項目は経験のために新人に監査をやらせることも多いのが実情です。

もしかすると不十分な手続で監査を終了していたのであれば、監査法人側も十分責任を取る必要がありますね。

こういった事件が起きれば確実に金融庁などから監査の方法について調査が入ります。

そこで監査手続には問題がないということであれば監査法人に責任はないということになります。

 

とはいえこれほどの大事件に発展したので、何にもおとがめなしということはないのではないでしょうか。

奇しくも日産の監査法人はあの新日本有限責任監査法人です。数年前、まだ記憶にも新しい東芝の粉飾事件で大打撃を受けた新日本です。

泣きっ面に蜂状態の新日本はかわいそうですが、こうも連続して大事件が起きてはおとがめなしは難しいかもしれませんね・・・